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未来のないポスト
ペット
郵便局前でコレを見かけて『ドキッ』っとするのは
私くらいでしょうか?
カンビン
隣を見て『あぁ〜なるほど。今時、ンなワケないよナ〜』
と安堵したんですが。
私が小学生頃までだったか、通学で毎日前を通る独身寮の前に保健所の『不要犬ポスト』というものがあったんですよ。
当時はのら犬やのら猫が子供より偉そうに町を自由に闊歩していた時代でして。
捨て犬・捨て猫が増えて野良化し環境が悪化するくらいなら、私共におまかせ頂ければ処分しますので…という発想だったんでしょう。

大きな白い木箱の上の方に丸い穴があいていて、二度と這い上がれないその小さな穴から、弱々しい犬や猫の鳴き声がするんです。
鳴き声の主の行く末を考えたら、のぞくなんて絶対できなかった。
行く先に未来のないポストは怖いです。

ノーテンキに昔を懐かしがってみる時もあるけれど、実は良いことバッカじゃなくて、今じゃあり得ないような人権無視や、不要犬ポストみたいな負の行政が厳然としてあったんですよね。
そしてそれは確実に子供の感受性に強い影響を与えておったわけです。

※ 過去のものと思っていた不要犬ポストが平成5年くらいまで存在していたなんて。オドロキでした。 ■関連サイト■
| 『ヘンテコ覚書』 | 11:30 | comments(18) | trackbacks(2) |
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コメント
 ちょっと変なことを書きますよ。

 どうしても捨てなければならないのであれば、殺して食べてしまった方が正しい。
 殺して食べることができない、それじゃああんまり可哀想だ、と思って「捨てる」んでしょう。しかし、それが一番ひどいことだと思う。それは死を現実のことから遠ざけているという点において、ひどいと思う。
| LSTY | 2005/03/18 11:36 AM |
人にしてもペットにしても、一生付き合っていくというのは
とってもしんどいことなんですよね。
そこんとこ飼う前によーくよーく考えるべきです。

うちのタロももうすっかりおじいちゃんで、
いつ天命をまっとうしてもおかしくない年齢なので、
そろそろ心積もりしなくちゃいけないなんて、
もう相当胸が痛いです。

かけがいがないってこういうことなんだなぁと実感します。
きれいなことばっかじゃないのよー!!と言いたい。
| ピヨ。 | 2005/03/18 1:26 PM |
私も子供の頃 不要犬を入れる箱の様なものを見た事があります。
最近まであったような…。

実は先日、ウチのワン公が交通事故に遭って
足を一本ダメにしてしまいました。
たくさんの後悔をしましたし悲しみにも暮れました。
生き物を飼う事の重さや責任を再認識させられる出来事でした。
でも、起ってしまった事は仕方がないので
これから この子が生きて行く為にしてあげられる事を
精一杯してあげられたらという決心が固まり
それは私達 夫婦のこれからの生き方にも繋がる様な
大きな転機となったのです。
今回の事でいっぱい学びましたよ〜。ほんと。

なので! 生き物の命ってものを
もう少し真剣に考えてみる必要があるのでは?
と思った次第です…。

| shimi | 2005/03/18 3:12 PM |
LSTYさんの言いたいこと、
なんとなくわかる気がします。
私は、可愛がっていたチャボが、
知らないうちに、食卓にのぼっていたことが
あったりした幼少期を経てるので・・。

今、ペットブームで、
小型犬が珍重されているのですが、
知識の無い繁殖をしてしまって、
傷害のある子犬が沢山生まれてきている、
という話を聞きました。
(小型犬の繁殖って、難しいのだそう)

食べ物にしても、動物にしても、
「自分達の犠牲になっているんだ」という意識を
家族で話す機会を持ちたいな・・。

一緒に暮らす犬にも、
毎日の食卓に上るご飯にも、感謝の気持ち、
持っていたい。
| niko | 2005/03/18 5:24 PM |
kakakoさんこんばんは。
完全に春ですね。関東。

ちょっと参加しちゃおうかな。
同じ郷ですが私はそのポストは知りませんでした。

一緒に生活する動物が人意外の生き物だとペットと
呼ぶのですね。
責任とかあるということは一緒に生活すると自然に
わかるような気がしますが、それはその生き物を愛
すること、愛したことがなければ判らないのかも。
それは正しいとか正しくないというのではつかまえ
られない本能に近い感覚のところで。

でも、私は食べられないなー。
卵が食べたくて飼いはじめたトリの卵でさえ、今と
なっては食べられないし。

例えば「狩」をしてトリを捕まえたらもりもり食べ
ちゃう自信あったりします。

| りんだ | 2005/03/18 10:37 PM |
そんな物があったのですか。。。。
それはすごく悲しい物ですね。
私の子供の頃は、「犬さらい」といった野良犬の駆除がありました。
おかげで(ちょっと皮肉)、もう野良犬というものを見かけることはありません。
そんな歴史があっての今なのですね。
が、今もまだ信じられないようなことがあるようですが。。。
あっ、momoが心配そうにしているので、この辺で!
| 風遊子 | 2005/03/18 10:53 PM |
**********
こんな自分勝手なオフザケ専門ブログ、ヘンテコ道に
皆様がそれぞれにお持ちの真剣なご意見や心のありようを
書き込んで下さり、心より感謝致します。
**********

| kakako | 2005/03/19 10:28 AM |
●LSTYサン、
誤解上等!の気概でLSTYサンらしい激しいけれども深いご意見を
残して下さり、ありがとうございます。
ヘンテコ道は社会派糾弾ブログではないので、何が正しくて、何が
間違ってるみたいな掘り下げをするつもりは毛頭ないのですが、
私なりの感じ方---疑問、違和感、もちろん喜びや驚きなんかには
いつも敏感でありたいと思って綴り続けています。

お金を出して毎日綺麗に切り揃えられたパック入りの肉を買い、
隣国の食文化である捕身湯については『気持ち悪い』『可愛そう』と
短絡的に語るのは、あまりに生温すぎる。
自分が間違いなく善良だと思っている人ほど逆に怖いです。




| kakako | 2005/03/19 11:01 AM |
●ピヨ。サン、
>人にしてもペットにしても、一生付き合っていくというのは
とってもしんどいことなんですよね。

そうですね。
私は小.中学生の頃、15年以上生きた犬と猫それぞれ一匹ずつの死に
立ち合ったことがあります。それから動物には縁がナイですね。

それ以前にウチには育てる責務のある生き物が2匹もおりますからね。
正直言いますと、初めて子供を産んで数時間静養した後、
自分の所に連れて来られたフナフナの生き物を目の前にして、
カワイイとか思う前に、強烈な不安に襲われたことを記憶しています。
今まで自分勝手に生きてきた自分が、うっかりこの子を死なせてしまう
んじゃないかって。
自分が寝返りを打った瞬間、衝撃でこのベッドから落ちてしまったら…とか、故意でなく、うっかりすることすら自分には許されない。
それは数時間でも数日でもなく、これから永遠になんだ-----と思うと
怖くて気が遠くなりそうでした。

人や動物の区別なく、命って重いものですよね。
たしか初めてピヨ。サンとお知り合いになった某所で、ピヨ。サンが
初めてUPされたのはタロくんの記事じゃありませんでしたっけ!?
懐かしいナ。あれから2年以上経っていますものね。
ピヨ。サンとご家族に長く愛されて、タロくんはとっても幸せだなぁ〜
と思いますよ。
| kakako | 2005/03/19 11:34 AM |
●shimiサン、

ハチくんにそんなことが起こっていたなんて…
それはshimiサンとご主人にとっても、とても辛い事故でしたね。
私も子供が思ってもいない怪我をした時に、身を引きちぎられそうなほど
切ない思いをしたことがあります。
そういう時って、相手が慰めで言ったつもりの、
『命が助かっただけでも幸せだと思えば…』みたいな言葉も
スゲー腹立つんですよね。
『そんな尺度かよ!冗談じゃない。」って。
ナンデうちだけこんなことが---とか思ってみたり、他人を恨んだり
しても全然納得が行かない。
で、ふと自分が何に嘆いているんだろう?という考えが湧いてきたんです。子供が傷ついたことに嘆いているのか?子供が傷ついたことによって自分の何が変わるのか?愛情が?と。
そうしたら嘆いていることがバカらしくなって、恨みみたいなドロドロとした気持ちや後悔がスーっと流れて行きました。

ダラダラと自分のことばかり書いてしまいましたが、
shimiサンご夫妻、そしてお二人とハチくんの絆も、今回のことを
乗り越えられて、更に強く結びついただろうなぁと思いました。
どうぞこれからもご一家仲良くお過ごし下さい!
| kakako | 2005/03/19 12:11 PM |
*****
出掛けますので、お返事の続きはまた改めて…
*****
| kakako | 2005/03/19 12:54 PM |
●nikoサン、
コメントありがとうございました。
nikoサンの丁寧な暮らし方、考え方の原点は、そういうご経験が
少なからず影響していたのですね。
私も子供の頃チャボを飼っていたんですよ。
肉になることはなかったのですが…

私の親や親の親世代は、鳥→肉になるのを見たり経験したりしていますけど、今はその現場に立ち会うことはほとんどできませんね。
正直、私も見ていられるか?自分で出来るか?と言われるとあまり自信が無い。そんなアマッチョロい人間でも何も考えずに日々肉を食べられる現代ですものね。

私は物心ついた時にはもう犬と猫がいた状態で、”動物をお金で買う”
ということを経験していないので、ペットブームってピンと来ないんですが、犬種などに流行・すたりがあって、その影響で人気が無くなった多くの犬が餌を与えられないで放置され、多くは餓死していた事件なんか目にすると、『うわっ、それはナイだろうよ。』と思います。

””何でもお金を出せば買える”というのは必ずしも幸せなことではないかもしれませんね。
商品となる過程を考えずに済むということは、人間にとって何か足りない部分を作ってしまうことになるのでしょうから。
| kakako | 2005/03/20 3:18 AM |
●りんだサン、

暖かそうですね。こちらはまだまだ寒いですよ。
4月までこの雪山は融けるのだろうか?と心配になります。

さて、今回は思いもかけず濃イー話になってしまい、失敬。
ゆららちゃん&れっどちゃんの鶏シスターズはお元気なんでしょうね。

不要犬ポストの存在はご存知なかったですか?
夫の地域にはあったと言ってました。
帯広には平成に入ってもあったそうですよ。ビックリだわね。

人間に対しても、動物に対しても、一緒に暮らしていると間違いなく
情というものが湧いてきますよね。
私は猫ととてもドライな関係にあったんですけれど、年をとって病気で
死んで行く様を見ることは、自分が思っていたよりずっとずっと悲しいことでした。

りんだサンにとって、シスターズは家禽ではなく家族なのですね。
ウチのチャボ達はかわいかったけど、名前のないチャボだったから
卵は毎日ありがたく、美味しく頂きましたよ♪

我らは狩り、採取向きの人間だよね、きっと☆
そろそろクレソンの時期じゃないのかしら?
採りに行きたくなるでしょ。
| kakako | 2005/03/20 3:55 AM |
●風遊子サン、
なんだか笑えないヘンテコな話に展開してしまい、愛犬家の風遊子サン
には申し訳なく思います。
MOMOちゃんもご主人のただならぬ様子に『クゥ〜ン』と心配顔だったのではないでしょうか。ごめんなさい。

こちらでもポストの他に、野犬駆除は時々されていたようです。
何年もの間その駆除をかいくぐって界隈に君臨する、白黒まだらで今にも噛み付くゾ!みたいな目つきの、恐い犬がいたんですよ。
それがある日突然見かけなくなって、『あぁ、とうとう連れて行かれたんだ。』とホッとしたような、恐ろしくて考えたくないような、なんとも言えない気持ちになったのを覚えています。

実は私が今回の記事で語りたかったことは、不要犬ポストの糾弾ではなく、昔が今よりどんなに無秩序だったか、それが子供の心にどんな影響を与えたかについてでした。
『昔は良かった。自然があって、自由で…』とは必ずしも言い切れない。
今より良い面はもちろん沢山あったけれど、あってはならないこともあったなぁと思いまして。
そこから、手放しで”今”を受け入れてばかりいてはいけないナ。自分は自分の考えで良いと思う生き方を選びとって行かなくてはならないナ。そして子供も考えられる人に育ってほしいナ-----などととりとめもなく考えていたのでした。
| kakako | 2005/03/20 4:39 AM |
ではここらでトホホ話をひとつ。

と思ったけど、長くなったのでTBにしときますね ;-)
| McCOCK | 2005/03/20 11:36 AM |
また登場します。
いえ、トップページでは、笑わせて頂きました。
爛撻奪鉢瓩硫菫の時は「そんなのないよね〜」って思っていたら、続きのページでは本当にあるお話で驚きました。

でも、社会ネタで問題提示するのはkakakoさんっぽくないな〜と思い、その中に本当に伝えたいメッセージがあるんだろうなって思っていました。
犬の方のお話がショッキングだったので、ついそちらの方に話題が行ってしまいました。

「昔は良かったよ〜」っていう言葉、良く聞きますし、
自分でも無意識に言っているかも知れません。
でも、私も昔の無秩序さは目の当たりにしてきたので、その辺はとても共感できます。

それと。。。
>自分は自分の考えで良いと思う生き方を選び取って行かなくてはならないナ。
この言葉が今の私の状況にとても響いてきました。
私はそれが出来ているだろうか、したいけど勇気がなくて出来ないこともあって、子供にそれを伝えられるだろうか。。。などと私もとりとめもなく考えてしまうのでした。
| 風遊子 | 2005/03/21 11:26 PM |
●McCOCKサン、
興味深いTBありがとうございました☆
昨日"美容室☆BOSE" まで伺って、次にやっと本題に入ろうとしたところで、急にノッピキナラナイ用事が入ってしまい、コメントできませんでした。また改めて伺いますね!
| kakako | 2005/03/23 9:45 AM |
●風遊子サン、
再びコメントありがとうございます。
ヘンテコ道はあくまでも私個人の娯楽場ですし、私もヒトに提言とか
できるようなタマじゃないのは重々承知なので、普段本文中では笑える範囲で核心に触れるところまではいかない、想いの半分以下で止めることにしています。
でもコメントには可能な限り誠実に正直に応えていきたいと考えるので、大体いつもダラダラ、クドクドと書いてしまうことが多いですね。

子供と共に生きていると自分の子供時代を振り返る機会が多いですよね。
我々(と勝手に仲間にしてしまい、済みません☆)が子供時代だった
’70年代の日本は、何につけても今よりずっとドロ臭い時代でしたよね。
今より良かったものも勿論あるけれど、二度とあの時代に戻って欲しくないと思わせるような強烈に理不尽なこともあったなぁーと。

でもそんな良いことも悪いこともゴチャマゼなのが社会なんですよね。
その中で子供の感性はだんだんと形成されて大人になっていく。
子供のために先回りして悪いことすべてを排除することなんて不可能だし、出来たとしても全く意味がない。
結局大事なのは、親である自分がどのように生きるかだろうなぁ〜と
思いました。
子供には社会や親のダメさ加減も目の当たりにしてもらって、そこから丸呑みや受け売りでない、自分なりの生き方を選び取っていけるような感性の持ち主になってもらいたいと私は考えます。

…またくどくどと長くなり、失礼いたしました!
| kakako | 2005/03/23 3:30 PM |
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野良犬との共生について
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